フランスの旅 ― Day 2 Sat 22/07/2000
フランスの朝はカフェオレの香りで始まる。どこかの旅行案内書の表紙にそう書いてあったような。 小ぶりの 丼の様に大きくて取っ手のないカップにコーヒーと暖めたミルクをたっぷりと入れ、焼き立てのクロワッサンが なければバゲットを縦にスライスしてトースターで焼いた pain grilleと一緒に食べる。 それにマーマレード やジャムなどの confiture。 子供にはtartine et chocolat (パンのスライスとココア)。 こんなのもあるけ ど、とビスコットも出してもらう。 英語や日本語ではラスクと言われているようだが小型食パンの形をした乾 パン。 朝はカフェオレに浸したりして食べるが私はこれを見ると1950年代前半の映画 「Touchez pas au Grisbi」 (Don't Touch the Loot ) に出てくるジャン・ギャバンを思い出す。 ジャン・ギャバン扮する初老の ギャングが情けない相棒を隠れ家に連れて来て「おまえなぁ」とさとす場面。 パンがないからと戸棚から非常 食のビスコットを取り出し瓶詰めのパテを塗って男二人ワインを傾けながら黙々と食べるシーン。 随分簡素な 食事だが食べ終わると二人ともしっかりと歯を磨いて寝室の戸棚からきちんとアイロンを当ててたたんだパジャ マを出して寝る、というシーン。
その後近所に住むブリジットの家に前日の忘れ物を届けに行く。 彼女に続いて娘のジェシカとマルセーユの友 達夫婦ポールとイザベル、その娘たち2人がぞろぞろと出てきた。 一人っ子のジェシカは同年齢の泊まり客と 過せて楽しそうだった。 ポールたちは荷物を詰めてこれからマルセーユに帰るのだそうだ。 この暑い中冷房の ない車で長距離ドライブは大変だろう。 フランスでエアコン入りの車に出会ったことがない。 20年前熱々カ ップルのブリジット・ディディエと南仏まで旅行した時、昼間は暑いからと陽が落ちてから出発したのを覚えて いる。
ポールが出来たばかりの家の写真を沢山見せてくれた。 村の景観を損なわないように建築規制が厳しいらし い。 家一軒建てるには土地を最低3000平方メートル購入しなくてはならない。 いかにも南仏らしい明るい 白壁、オレンジ色の屋根、ローマ神殿を思わせる円柱のあるテラス。 家が建って住み始めて半年以上経つのに 周りは工事現場のようだ。 庭やプールはこれからぼつぼつ始めるのだそうだ。 こういうところ彼らは非常に忍 耐強い。 一度に大掛かりな出費を避ける意味もあるようだが 郊外には日曜大工大型ショップに沢山あり、大工 さんに頼む以外に気の会った友達に協力してもらったりして自分たちでじっくり作り上げていく楽しみもあるよ うだ。 ポール一家が住むマルセーユ辺りの家は屋根に特徴があるらしい。 屋根のひさしの内側が2重の瓦葺に なっており壁から1メートル近く突き出している。 強い日差しを和らげるためだろうか。
ジェルメーヌに張り付いて歩ているお陰でこれまで随分沢山のお宅を見せてもらったがフランスの家の床は寝室 にカーペットを敷いてある以外はまずタイル張り。 フレンチ・ウィンドウは大きく全開して自然光と空気をた っぷり取り入れる事が出来、窓辺にはゼラニュームが誇らしげに咲き乱れていたり、洒落たデザインの銑鉄の低 い柵が施されてある。 そして必ず鎧戸 volet が付いていてこれを締めると太陽を完全にシャットアウト。 夜 は漆黒の室内になり朝になったのも分からないほど。 イギリス人には冷たい床、明暗の差が強すぎる様に感じ られるようだが、イギリスと違って太陽と自然に恵まれたフランスの環境ならではというところだろうか。
ランチにルドビックのガールフレンド、レモンドが会いに来てくれた。 初対面だ。 「ジュンは元気にしてい る?」 と3年前に会った我が家の長男の様子を聞いてくれる。 さすがカッコを気にするルドビックが選んだお 相手だけあって長身で抜群のプロポーション、そしてなかなかの美人。 ホイットニー・ヒューストンに似た感 じする黒人の彼女は張りのある褐色の肌に白い歯と眼が輝くように美しい。 エアフランスの国際線スチュワー デス。 ルドビックはチーフ・パーサー。 思うになかなかお似合いのカップルだ。 彼は今フラ イト中なので私がおぼつかないフランス語で苦労しているいるのではないかと心配して英語を喋れる彼女が一人 で会いに来てくれたのだろう。 「来週は休みがあるので一緒にパリにいきましょう。」と誘ってくれた。 あり がたい。何時になったらパリに行く口実が出来るかなと考えていた所だ。
ランチのメニューはローストビーフにキャロット・サラダ。 もちろん焼き立てを買ってきたバゲットも。 ビ ーフには本来ニンニクをたっぷり入れるところだが私が苦手なため、それはスキップしてもらう。 ロースト用 脂身を巻いて縛った肉700gを30分オーブンで焼くだけ。焼き始めて15分後にバターを加える。 塩胡椒 は銘々で。 切り分けて肉汁のソースをかけて頂く。ハーブ入りの海水塩が出回っているようだ。
夕方ジェルメーヌとレモンドを駅まで送っていく。 駅まで続く高く伸びたプラタナスは車道に覆い被さらない ように縦ににスパッとトリミングされている。 帰り道ジェルメーヌが 「レモンドのことどう思う?」と私に感 想を求める。「礼儀正しくて気立てはいいし、はきはきして聡明そうじゃないの、美人で立派な職業にもついて いるし。」と応えると、「私もそう思うのよ。 だけどロベールは気に入らないの、黒人だから。 あんなに人種 偏見の強い人だとは知らなかったわ。 皆にご挨拶の抱擁とキスをする時も彼女にだけは先手を打って自分から 握手の手を差し伸べるのよ。 最初は話し掛けられても返事もしなかったのよ。 4年前一緒に旅行したタヒチの マイアナのこと覚えてる? ルドの友達のパトリックのガールフレンド。 彼女の事はとっても気に入っていてキ スするのに。」 「そしてブリジットのボーイフレンドのイルも気に入らないのよ。」 イルの父はトルコ人、 母はチェコ人。20歳の頃フランスに移り住んだのだそうだ。「訛りが強くて何を喋っているのか分からないと か色々文句を言って嫌うのよ。」 そうか、ロベールは年齢をとって気難しくなったのか、とうに中年になった 子供たちのパートナーのことで心の葛藤と戦っているのだな。 しかしタヒチのマイアナや日本人の我々にはこ んなに親切にしてくれるのはどういうことだろう?
いつものパン屋さんには夕食用の焼き立てバゲットを求める人が並んでいる。 我々も順番を待つ。フランス人 のおいしいものに対する熱意には感心する。 忙しく立ち働くパン屋のおばさんは一人一人のお客さんににこや かに 「Bon soir, monsieur.」「4.5F s'il vous plait.」「Merci monsieur. Au voir. Bon soiree !」 営 業スマイルかもしれないがこの余裕はどうだ! 日本のファースト・フードショップなどで見られるマニュアル 通りの気持ち悪い接客態度や売ってやる式の香港のぶっきらぼう態度とは大変な差だ。 しかしこのパン屋さん 20年前から一度も内装変わっていないな。
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