9月27日号


フランスの旅 ー Day 8 (Fri)28/07/2000 オルセー美術館


とりつかれたように今日もパリへ。 郊外電車RERでパリの真ん中Chatlet Les Halles まで出て、メトロに乗り換 えサンジェルマン・デプレに向かう。  途中でアコーデオン引きのおじさんが乗ってきて演奏を始めた。 それを聴いていたら一駅乗り過ごしてしまっ た。 これがやっかい。 たいていのメトロの駅では反対側のホームには行けない仕組みになっているのだ。 大 した距離ではないので歩くとする。 予定外の駅で降りて地上に出ると少し戸惑うがパリ市内の高層ビルというと モンパルナス・タワーしかないのでこれが結構目印になる。 セーヌ川沿いに対岸のチュイルリー公園を眺めなが らのんびり歩くつもりにしていたが、オルセーの長い建物の端から端まで工事中で道路を掘り起こす騒音と湯気の 立つタールの匂いをかぎながらの散歩になってしまった。 バカンスのこの時期は工事現場と化すところが多いの で予定が狂う。

世界最大の美術館ルーブルの重々しさ、超モダンなポンピドー・センターに比べオルセーは19世紀末のしゃれ た概観もさることながら内部がとても心地よい。 自然光がたっぷり入る高いガラス屋根。 刻々と変わる自然光 にもかかわらず内部の明るさが一定に保たれているのはコンピューター制御によるのだそうだ。 もちろん、展示 物には否が応でもフランスの偉大さを感じさせる。 まずグランド・フロアでは19世紀中後期、イングレス、ク ールベ、ミレー等のリアリズム、植民地政策でアフリカや東洋の影響を受けたドラクロアなどのオリエンタリズ ム、マネの「草上の昼食」や「オリンピア」などで圧倒される。 リアリズムの作品は大規模なものが多く大きな 部屋の真中に置かれたソファに座り備え付けの解説書を読みながら鑑賞することができる。 時代や作者ごとに分か れているそれぞれのセクションにはフランス語はもちろん、英語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、日本語の 解説書が置かれ、好きなところまで持って行ってじっくり読むことができる。 日本語を読んでみたが残念ながらい かにも訳語調でとても読みづらい。 しかもこんなものを読み出したら作品を ゆっくり見ている時間がなくなるのでさっさと諦めることにする。  一段下がった中央の通路にはカルポーなどの 彫刻が配置され高い天井から差し込む自然光のお陰で開放的な屋外にいるような印象を受ける。 

2階には自然主義やシンボリズムの絵画、アール・ヌボーの装飾、ロダンやマイヨールの彫刻。 3階は明るくモ ダンな内装に変わる。 作品も小ぶりなものが主で、それぞれの部屋も小さくなりじっくり鑑賞する人達のせいで 少し込み合ってくる。 それもその筈、ここの目玉商品である、マネ、ピサロ、セザンヌ、シスリー、ルノワー ル、ドガ、などの印象派の絵画が一同に並んでいるのだ。 特にゴッホやゴーガン、ロートレック、ルオー等の辺 りでは人の動きがぐっと鈍くなる。 ゴッホの絵を前にする大胆で鮮やかな色使い、ラディカルな筆遣い、彼の狂気 とも思える迫力に呑まれそうだ。  しかしとても一日では鑑賞し切れない。 少なくとももうあと数日気に入った 作品とじっくり対峙したいものだ。

現在美術館として親しまれているこの建物はもともと1900年のパリ博に向けて完成したパリ、ナント、ボルド ー、ツールーズを結ぶ鉄道の駅だった。 当時ちょうど電気機関車が登場し蒸気機関車の煙で駅舎が汚れる心配 がなくなったため建物は豪華さを極めアートギャラリーのような美しさ、王宮並みの豪奢さを誇っていた。 正面 とセーヌ川反対側のリール通りに面して370室の当時としては珍しい豪華ホテルも併設された。 当時19歳で パリ博見学にスペインからやってきたピカソがパリにその一歩を踏み入れたのもこの駅。 屋根は鉄骨にガラス張 りで自然光をたっぷりと入れることができ優美な造りだが外からは石造りの構造で巧みに隠されている。 その後 まもなく電化のパワーアップに伴い長くなった車両を収容しきれなくなり、 1939年には長距離列車の乗り入れはなくなってしまった。 その後フランス国鉄に見放された駅舎は廃屋と化 し、崩れ去るのを待つばかりだった。 1962年オーソン・ウェルズにより映画化されたカフカの「審判」のシ ーンその頃の様子が見られる。 ジャン・ルイ・バロー率いる劇団も一時稽古場兼倉庫として使っていたことがあ る。

高度経済成長期を迎えた1960頃には前時代的な建物の美しさを評価する人は少なく、何度も取り壊し寸前にな り、1970年には再開発のため正式に取り壊し許可が下りた。 危ういところで待ったをかけたのがポンピドー 政権時の文化大臣。 1978年にようやく歴史的建物として永久保存が決まり、美術館として大掛かりな補修工 事が始まった。 屋根のガラスはことごとく割れ足の踏み場もないほど損傷がひどい古い駅の建物を根本的に用途 が異なる美術館として造り直すのは気の遠くなるような根気と情熱、費用が要ったことだろう。 しかも歴史的、 美術的に価値の高い構造や内装を損なわないようにしなければならない。 取り壊して立て直したほうがよっぽど 効率がいいに決まっている。 こうした努力が実り1986年に工事が完成、19世紀後半から20世紀前半ま での作品を展示することになった。 19世紀前半までの作品を収めるルーブル、20世紀後半のポンピドー・セ ンターとあわせて、フランス全時代の美術品展示が可能となった。

フランスの美術館で楽しめるものにその展示物の価値や豊かさ、建物や内装はもちろんのこと、ゆっくりと美術鑑 賞するのには欠かせない充実したレストランやカフェがあること。 とくにオルセー内にあるレストランはかつて の豪華ホテルのダイニングルームだったところで、高い天井から吊下がったいくつものシャンデリア、凝った内装 はまさに王宮のようだ。 普段は6時に閉館のためランチと喫茶だけだが夜10時まで開館している木曜日にはディ ナーも楽しめる。  外国人観光客がわんさか押し寄せるこういう施設には必ず英語の上手なスタッフが揃っている が、ぎこちなくても多少のフランス語をしゃべるとさらににこやかに応対してくれるような気がする。 昼食のセッ トメニューは二通りあり、サラダのブッフェを選んだ。 おかわりは何度でもどうぞということらしい。 サラダ はもちろんのこと、焼いた鮭の切り身、スモーク・サーモン、テリーヌ、パテ、ソシソン(サラミソーセージの ようなもの)、クスクス(北アフリカ料理)、マカロニサラダなどなどとても全種類食べきれないほどだ。 デザ ートつきの料金98フランには税もサービス料もつかないから多少チップを置いたとしても価値がある。 名画の 洪水に圧倒され、ポーとした頭をおいしい食事とワインをゆっくりといただきながら冷ましていくこの至福のひと 時。  隣のテーブルにいる女性も一人で優雅に食事を楽しみ、最後に「メル シー」というところをアメリカ訛りで「マーシー」とお勘定を済ませて更なる鑑賞に挑んで行いかれた。 気の会っ た友達や家族と一緒に来るのもよいが自分のペースでじっくり好みの作品を楽しめるこうした単独鑑賞も捨てたも のではない。 ゆっくりとデザートも頂き、カプチーノを楽しみながら売店で買ってきた印象派のカードを取り出し 友達や家族宛てに何枚もしたためた。

食事と休憩に随分時間をかけてしまったので最後に入った書店で物色しているうちに閉館の六時になってしまった。  入館するとき預けた傘や上着を引き取りに行けなくなったなと思っていると、そういううっかりした人達の荷物 はちゃんと書店運び込まれていた。 行き届いたサービス、恐れ入ります。 


バックナンバー


「なにわの掲示板」
に ご感想、ご意見を書いていただくとうれしいです。



極楽とんぼホームページへ