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【2月15日号】【1月12日号】

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2月15日


「シィー ユー アゲェ〜ン!」


「シィー ユー アゲェ〜ン!」と陽気な挨拶を残して、ピアスのお兄ちゃん は帰って行った。この3ヶ月の間に、今日で6回目。少し前の私だったら「いい 加減にしてよ!」と怒鳴っていたかもしれないが、彼の屈託のない笑顔と歌う ように発せられるこの言葉に、思わずにっこり笑って手を振っている自分がい る。随分イギリス人化されたものだと呆れながら、寛容になった自分が不思議 であり、おかしくもある。

そもそも事の発端は、勤続00周年の記念品として会社から贈られた1台の テレビから始まる。それまで、我が家には2台のテレビがあり、1台は日本から 持ってきたもので、これはビデオとゲーム専用。あとの1台は赴任直後、英国 放送を見るために購入したもの。この2台だけで十分なところへ、もう1台加わ ることになった。

英国には、JSTV(Japan Satellite TV)という有料の衛星放送が1局だけあり、 かなりの家が視聴しているが、我が家はこれまで、英語の勉強?のために、 敢えて日本の放送を受信していなかった。しかし、せっかくの会社からの思し 召し・・・、段ボールのままガレージに眠らせておくのはもったいないなぁ〜と いうことになり、いよいよこのJSTVのお仲間に入ることにした。

まず手始めは、家の外壁に穴を開け、円盤型のアンテナを取り付けるため、 オーナーの承諾を得なければならない。「家」に対する思い入れが、日本の 比ではない英国人にとって、壁に穴を開けるなんざぁとんでもない!という オーナーもたくさんいて、仕方なく断念した日本人もいる。まぁ、これが 一番の難題と言えなくもない。我が家も、ダメもとでお伺いを立ててみたところ、 意外にも簡単に快い返事をもらうことができた。イギリスの天気を嫌い、ご主 人の定年退職後、ギリシャのキプロス島へ移住していまったオーナー夫妻は、 もうイギリスに帰ってくるつもりはないのかもしれない。
そうなると話は急展開し、早速JSTVに申し込み、送られてきた番組表を眺め ながら、予約した工事の日を待った。子供は「ウリナリ」や「めちゃイケ」が見れ ると大喜びし、私は午後10時から日本の朝7時のニュースがリアルタイムで 見れることがうれしかった。それに今話題の「やまとなでしこ」や「オードりー」 など久々の日本のドラマ。日本にいたときは見たいとも思わなかった「紅白」 も海外で生活していると無性に見たくなるものだ。

最初の工事は、昨年の11月。ピアスのお兄ちゃんはアンテナを取り付け、 レコーダーを接続し、工事は順調に進んでいるかのように見えた。が、JSTVと 一緒に申し込んだ他の衛星放送が全く受信できない。「2,3日後にもう一度 来るから。」と言って帰って行ったまま、何の音沙汰もない。仕方なく電話で 問い合わせ、工事の予約をし、今度こそと思いきや、「部品が違っていたから、 2,3日後にもう一度・・・シィー ユー アゲェ〜ン!」・・・その後もいろいろな 理由から「2,3日後に・・・・・シィー ユー アゲェ〜ン!」を繰り返し、この3ヶ 月の間に6回も尻上がりに発音される「シィー ユー アゲェ〜ン!」を聞いた ことになる。いい加減呆れてしまって、文句を言う気力も失せてしまった。6回 目の今日などは、我が家でトイレを済ませ、コーヒーを飲み、
「シィー ユー ア ゲェ〜ン!」

あと何回、この「シィー ユー アゲェ〜〜ン!」を聞けば、工事は完了するのだ ろうか?

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1月12日


「1本のコニャック」


リビングルームの暖炉の上の飾り棚に、木箱に入った1本のコニャックがある。

ちょうど1年前。年末に旅行したフィンランドで、ひどい風邪を引き、家族全員ベッドの中でミレニアムの花火の音を聞いた。年が明け、1週間経ち、2週間経つ頃には、子供も私も回復したが、夫だけは、まだ時折ひどく咳き込んでいた。その年のインフルエンザは、風邪の症状が消えても咳だけは3週間残ると言われていたので、誰もがインフルエンザが長引いているものと思い込んでいた。

咳をしながら出社していた夫が、ある日、きれいな包装紙に包まれた細長い箱を持ち帰った。同じオフィスのフランス人女性が、「これ、咳に効くから、フランスから買ってきたの。」と、机の上にポンと置いて行ったという。フランスらしいおしゃれな包装紙を破らないように、注意しながらそっと開けてみると、中から木箱に入った1本のコニャックが出てきた。その時の私は、彼女の心遣いに感謝するよりも、夫が会社で周りの人が心配するほど咳き込んでいるのかと、何か大きな不安のようなものを感じた。.

3週間が過ぎたころ、初めて病院へ行き、インフルエンザではなく、自然気胸という病気だとわかった。自宅で安静にして自然治癒を待つか、それとも入院して手術するか、と選択を迫られた。入院も手術もこれまで経験がない上に、英国の医療に日本ほどの信頼が持てない。衛生面にも不安が残る。英語での先生とのコミュニケーションの難しさ。片道悠に1時間半はかかるロンドンの病院への往復。子供の学校の送り迎えは?最悪、日本へ強制送還かも??・・・と、いろいろなことが頭の中を駆けめぐった。しかし、かといって、仕事の山を横目に、いつ完治するかわからないまま、自宅で悠長に療養するわけにもいかない。我が家にとって、赴任後初めてぶち当たった大きな試練だった。

結局、1週間だけ自宅で安静にし、それで良くならなければ手術することに決めた。最初レントゲン写真に2分の1しか写っていなかった肺が、その後レントゲンを撮る度に70パーセント、90パーセントと確実に修復され、ついに手術をせずに100パーセント完治することができた。病気発覚から約1ヶ月半が過ぎていた。

今、暖炉の上のコニャックを見る度に、フランス人の彼女の洒落た心遣いはもちろんのこと、会社を休むように本気で夫を怒り飛ばし、完治したときにはまるで自分のことのように喜んでくれたイギリス人の上司、日本から長期間、夫の仕事をサポートするため出張してくれたKさん、慌てて駆けつけてくれた心配そうなジャンの顔、近所のべティやデイビットの励まし等・・・不思議なことに、あの頃の不安な気持ちはどこかへ消え去り、たくさんの方々の温かさばかり思い出される。その温かさに支えられて、私たちは今、こうして英国で暮らしている。


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